心臓のポンプ機能は、収縮能・拡張能・前負荷・後負荷の4つの因子によって規定されますが、そのなかの収縮能を評価する代表指標として、左室駆出率(EF)が古くから用いられてきました。1980年代には慢性心不全に対する無作為比較試験(RCT)が盛んになり、患者登録基準としてEFの低下が広く用いられ、EFの低下した心不全(HFrEF)に対するエビデンスが構築されてきました。
HFrEFはEF40%未満とするのが一般的であり、拡張障害を主体とした心不全は、EFの保持された心不全(EFpEF)として、おもにEF50%以上と定義されてきました。その結果、EF40~49%の心不全がどちらにも属することなく、病態や治療に関するエビデンスが構築されてきませんでした。このギャップを埋めるため、2016年の欧州心臓病学会ガイドラインで新たにEFが軽度低下した心不全(HFmrEF)の概念が提唱されました。
・HFmrEFを分ける意義
HFmrEFについての臨床的特徴は十分に明らかにされておらず、治療の選択は個々の状態に応じて判断することになります。また、HFmrEFと分類されるものの中には、EFが40%未満であったものが治療経過で改善した心不全(HFrecEF)も含まれる可能性があり、これは本来のHFmrEFとは別の病態である可能性も指摘されています。
HFmrEFでは、EFが低下しているほど予後は不良で、アンギオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬やアンギオテンシン受容体拮抗薬(ARB)、アルドステロン受容体拮抗薬(MRA)、β遮断薬といった薬剤はEFを改善させ、左室のリバースリモデリングをもたらすことで予後を改善することができると報告されてきましたが、HFrEFとHFpEFの入院患者の予後は同様に不良であると報告され、HFpEFはHFrEFとは別の病態として捉えるべきだと考えらえました。実際にHFrEFに有効だった前述の薬剤はHFpEFの予後を改善せず、現在までHFpEFに対する有効な治療法は確立していません。そこで、両者の境界にあるHFmrEFがどのような病態なのか、治療法はHFrEFに準じるべきか検討する必要が生じました。
心不全患者におけるARB(カンデサルタン)とプラセボの比較を行うCHARM-PRESERVED試験では、EF40%以上の心不全に対するARBの有効性が検証され、ARB投与群でプラセボ群と比較し、一次エンドポイント(心血管死、心不全入院)に有意差は認めないものの、心不全入院の頻度を優位に抑制し、心不全による延べ入院回数も軽減されたことから、HFpEFへのARBの有効性が期待されました。しかしながら、その後のサブ解析によりEF50%以上のHFpEFに限って検証すると、ARBは何ら有効性を示さないことが明らかになりました。
また、HFmrEFのみを抽出し、HFrEF・HFpEFと比較すると、HFmrEFの患者背景としては、年齢・性別・収縮期血圧。心筋梗塞の既往・心房細動の合併率などがHFrEFに近く、高血圧・NYHA心機能分類による重症度・肥満の頻度に関してはHFrEFとHFpEFの中間に位置し、糖尿病の頻度はHFrEF、HFpEFとほぼ同等でした。また、HFmrEFでは、HFpEFと同様にARBによって一次エンドポイントが改善することが報告されています。
これまで心不全研究の多くはEFによる分類の上に成りたっていましたが、EFの数%違いが病態を大きく変えるものではなく、EF自体も経時的に変化するため、EF値による治療方針の決定は困難です。今後はEFに伴って有病率が変化する高血圧や肥満・心房細動などの併存症の有無などで病態を分け、新たなエビデンスの構築を目指すべきだと考えられています。
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